「なあ…抜けようぜ、剣心」
花火見物に来ている時に、左之助が耳許で囁いた。
「駄目でござるよ、皆で来ているのに…」
「いいじゃねえか、前川道場のガキ共まで来てんだから大丈夫だよ」
「それに、綺麗でござるよ?花火…」
「こんな人だらけで観てても疲れるだろうがよ」
「もう飽きたのでござるか?」
「だからよお、もっとよく観れるとこ連れてってやるって」
「左之ぉ…そんな無理を言われても困るでござるよ」
皆で花火見物に行くと言ったら、左之助は喜んでやってはきたのだが、
途中で他の道場の集団と一緒になって大人数での見物になってしまった。
どうやら大集団なのが気に入らないらしく、まるで子供のお守じゃねえかと言い、うんざりしているようだ。
薫の浴衣姿に門下生達が色めきだっていて、自分達は後ろから付いていっているだけなので引率どころか保護者のようだ。
「第一、薫殿が怒るでござるよ」
「う〜ん…じゃあ、嬢ちゃんがうんて言えばいいんだな!?お前は」
「え?」
「どうなんだよ!?」
「…薫殿が説得出来れば構わぬでござるよ」
「よし!」
左之助が握りこぶしを突き出して、剣心に念を押す。
薫が素直に諾とするわけがない。
怒り出すに決まっているのに…。
人混みをかき分けて、かなり前の方へいる薫に近付いていく。
頭二つ分くらい飛び出ているので左之助の姿を見失う事は無かったが、あちらからは多分見えてはいないだろう。
剣心にしてみれば、珍しく左之助と連れ立って話をしていられる状況だったので、こうして花火を眺めるというのも悪くは無いと思っていた。
それなのに、わざわざ左之助が状況を掻き回すような事を言い始めたので、内心落胆しかけていた。
どうしてああも強引なのだろう。
こうして待っている間、左之助の姿を見失わないようにするのに気を取られて、花火どころでは無くなってしまう。
仕方なく溜め息を付くとぼんやり花火の光の粒が弾けるさまを見上げていた。
諦めてしまえば無心になってくる。
こうして見上げていると何も考えずにいられることに気付く。
暫く純粋に花火に見蕩れていた。
「よお、お許しが出たぜ」
ふいに肩を叩かれて左之助が横に並んでいた事に気付いた。
何も考えずに左之助を見上げる。
一瞬何を言われたのか、理解するのに時間が掛かった。
「薫殿が、ほんとに良いと言ったのでござるか?」
「ああ、言った言った!ほれ」
満面の笑みで左之助が薫の方へ手を大きく振る。
薫も笑みを返して、手を振り返した。
「んじゃ、いこうぜ」
「あ、でも拙者もう少し観たいのだが…」
「だからちゃんと見せてやるって!」
そういうと、手首を掴まれて人の流れと逆方向へ引かれた。
「どんな事を言って薫殿を説得したのでござるか?」
「え?説得なんかしてねえよ、ちょいと事情を説明しただけだ」
「事情?」
「ま、いいじゃねえか…とりあえず明日まで帰りゃ大丈夫だ」
「…」
人に当たらないように歩くために、手を引かれたままで左之助の背中を追い掛ける事になる。
剣心の顔が微かに紅潮していた事に左之助は気がつかない。
「おい修、部屋取れてんだろうな?」
「大丈夫っすよ、結構遅かったですねえ」
「人だらけで参ったぜ」
「上の奥です」
旅籠屋の二階に連れていかれる。
左之助の舎弟が部屋を抑えていたらしい。
部屋へ入ると一斉に振り向いた。
「あ、左之さん!」
「あれ?お前らなんでいるんだよ?」
「左之さん、ここ絶景ですぜ!ほらほら!」
「え?ほんとか?おお!すげえ!」
窓に貼り付くと、ちょうど見える花火の光に歓声が上がった。
「おい、観てみろや剣心!」
手招きされて、左之助の近くへ躯を寄せた。
「ああ、本当でござるな…よく見える」
先程より近くなったような花火が次々と打ち上がるさまに気を取られた。
部屋の中の行灯は寧ろ暗さを感じさせる程、光は近いように思えた。
全員がそれを見上げる。
光が弾けて消える刹那、閃光が走ったかのように空が明るさを増す。
その光に浮かび上がる剣心の白い横顔は、微かに充足したような笑みを口許に乗せているように見えた。
視線の先に丁度それが光と共に浮かび上がっていて、全員が釘付けになる。
剣心に見蕩れていた当の左之助がそれに気付いて、きっと睨み付ける。
全員バツが悪そうに視線を泳がせた。
「お前ら、そろそろ帰っていいぜ」
「ええ!?」
「そりゃないでしょ!せっかくキレイ処な…」
「キレイな、なんだ!?」
左之助が不機嫌そうに睨み付けている。
ところがいつもと違って、舎弟達は明らかにそれを面白がっているから始末が悪い。
「あ〜…いや、もうちょっと花火見物したいなあ、と…なあ!?」
「あ、ああそうそう…!あと半刻ぐらいすれば人も減るだろうし!」
「いいから帰れよ」
「左之…気の毒でござるよ、せっかく部屋をとっておいてくれたのだし、それに皆で観ているのも楽しいではござらぬ
か」
「剣心!」
「拙者は構わぬから」
剣心にそう言われては、どうにもならない。
ここで怒らせたくはないし…。
「いやあ、俺らもうすぐお暇するんで…」
「ちょっとだけ、すいませんね」
「話せる剣客さんでよかったなあ〜」
そう言うと、お銚子を追加し、酒の肴を並べてあれやこれやと剣心に勧めた。
左之助は不機嫌を露にしている。
そんな様子に苦笑しながら、却って剣心は小気味よかった。
我侭ばかり通そうとするから…。
自ら招いた自体に不貞腐れているのだから、左之助も可愛いものだ。
大人しく酒を啜りながら、窓際に肘を付いて花火を見上げ始めた左之助を盗み見た。
先程の自分と同じような心持ちなのだろうか。
だがその横顔はもうこの状況を受け入れているようで、花火が上がる度にすごいすごいと無邪気に喜んでいた。
舎弟達は当たり障りのない話をしながら、たまにひそひそ笑いあっている。
剣心が見上げて、問うような目をすると照れ笑いしながら、
左之さんから色々聞いてたんで一度会ってみたかったんです、などと耳打ちしてきた。
「何をでござるか?」
「いや、だからね…左之さんたらあんたの話ばっかで…」
「そうそう、ほんとに人形みたいにキレイな…」
「てめえら!その辺にしとけ!!」
それを耳にした左之助が立ち上がって、慌てて追い払おうとする。
「わわ、わかりましたよ〜!もう十分拝めたんで!!」
「じゃっ!がんばってくだせい!」
「な、なにをだ!てめえらなあ!」
「ではこれにて!」
蜘蛛の子を散らすように、部屋から慌ただしく出て行く。
「あいつら散々邪魔しやがって〜〜!」
「まあまあ、いいではないか、せっかく部屋を空けてくれたのだし…」
「…」
剣心のその言葉に、握っていた拳を弛める。
「ま、いいか…もう邪魔もねえだろ」
「口が悪いでござるなあ…」
「うるせえ、早く…おめーとふたりきりになりたかったんだよ」
その言葉に剣心が苦笑する。
「花火…綺麗でござるよ」
「…」
杯を空けながら、うっとりと空を見上げる剣心に言葉をなくした。
隣に座り、暫く無言で同じ空を見上げていた。
「…やはり暑いでござるなあ…今夜は」
剣心が困ったように笑いながら、左之助の方を観て首を僅かに傾けた。
「暑そうには…みえねえぜ?」
「そうか?左之は暑くはないのか?」
「そういや…暑ぃかなあ…」
左之助が腕を伸ばして、剣心の項に右の手の平を当てた。
しっとりと湿った肌は指に吸い付くような気がした。
「ほんとだ…お前、汗かいてんだなあ…」
「…」
猫が撫でられたかのような表情で、剣心は目を閉じた。
左之助の指の感触を味わっているかのような仕草に見える。
左手で額の髪を梳き上げた。
頬に手を当てて、顔を上げさせる。
剣心が目を開く前に首筋に唇を当て、腰を抱き寄せる。
「暑いでござるよ…」
「ああ、そうだな…」
自分より体温が高いのに、左之助の指は渇いていた。
剣心の汗をなぞって、唇を移動していく。
「左之…」
「…」
袴の組紐を解き、着ていたものを剥ぐように一枚ずつ、畳に落とした。
散らかした着物の上に、剣心を横たえた。
「まだ暑いか…?」
「まだ…?」
「…これからだよな」
共犯めいた表情で剣心に言う。
「やっぱり暑そうに見えねえぜ?」
「左之が…見えていないだけでござる」
「言うなあ、おめえも」
閉めてあった襖を開け、剣心を腕に抱え上げると、褥の上に運んで静かにその躯を置いた。
頭が布団の上に置かれたと同時に、深く唇を追われた。
「ん…ん…」
夜気にひんやりとしていた布団が、たちまち熱を孕んでくるように思えた。
左之助の手が、露にされた躯を撫でるように移動する。
腰の下に腕を差し込まれ、左之助の躯に押さえ付けられる。
既に昂っている左之助のものが大腿に当たり、剣心が躯をずらそうとする。
それに気付いて、左之助がわざと躯を押し付けた。
「さっきから…我慢してたんだぜ?」
「あ…」
「少しは褒めてくれよ」
からかうように、喉の奥で笑う。
剣心が左之助の首に腕を回し、躯を反転させた。
「お、おい…」
虚を突かれて、左之助の躯が仰向けになる。
「…駄々をこねてばかりで困ったものでござるな」
剣心が上から低い声で呟いた。
灯が隣の部屋しか点していなかったせいで、剣心の顏は影が濃く、表情が見えない。
もしや怒らせてしまっていたのかと、生唾を飲み込んだ。
怖いと思う事などはなかったが、本気で怒らせてはいけないとは思っている。
剣心の頑固さが自分の手になど負えないのは承知している。
「…」
左之助のその不安げな顔に、剣心が笑ったのがわかった。
「じっとしているでござる」
「何…?」
そういうと、柔らかい唇が額に落ちた。
剣心のしなやかな指先が、半纏を肩から外し、下帯にまで手をかける。
「おい…剣心、待てっ!」
「いやでござる」
「…」
かつてないほどの積極さに、左之助が顔を赤くした。
いざとなれば腕力では負けないのだ…まあいい。
好きにさせてみることにする。
だが、この状態は一体どうしたことか。
間が持たなくて、自分の腿の上にある剣心の脚を手で擦るようになぞった。
それも剣心が躯を下に移動させたせいで外されてしまう。
気持ちよくないわけではないが…。
柔らかい唇や、指や、髪が、肌に当たる度にこそばゆい。
まるで羽が降ってくるようだ。
女だってもっと肉感的なのに、自分の上にある薄い躯は男でも女でもない感触を自分に降らせている。
もどかしくなって躯を起こそうとした。
だが、肘をついて半身起こしかけたところで動きを止めた。
「あ…お、おい…っ」
信じ難い光景に、一気に身体中の熱が溜まる。
剣心の口に含まれている自分のモノを見下ろし、剣心が噎せ返る程、熱を集めてしまった。
滑らかな舌に、躯から汗が吹き出す。
「なんだよ…そんなに、欲しかったのかよ?」
憎まれ口を叩いて揶揄ってやろうとしたのに、出た声は掠れてしまった。
剣心は苦し気にも見える表情で、左之助のを貪る。
口を弛めて、舌を出し、表面をなぞりはじめる。
「欲しいでござる…」
息が掛かって、躯が震えた。
「もういいから、来い」
腕を引いて、自分の上に跨がらせた。
膝に手を添え、躊躇う剣心の脚をできる限り開かせ、自分のものを当てがうと躯を降ろさせる。
「あ、あ…!」
剣心の唾液で滴る程濡らされたものは、力の抜けた躯の中へ徐々に押し込まれていく。
腰に手をかけ、跳ね上がるように躯を起こして剣心を抱き寄せる。
「ああ!あああ…!」
「全部、飲めよ」
自らの重みで、左之助の躯の上に降ろされる。
両腕で左之助にしがみつき、なんとかその圧迫感に耐えようとしたが、どうしても声が上がってしまう。
苦しさと快楽が入り交じって、途切れ途切れに声を上げていた。
剣心の汗が左之助の躯の上に滴り落ちる。
「…っ、剣心…力、抜けや」
「は…あ、…さ、の…」
「…きついか?」
苦しそうな顔をしながら、指先で唇をなぞる。
剣心が目を開いた。
左之助の首にしがみつくと息を吐いて、耳許で囁くように言った。
「まだ…足りないでござるよ…」
剣心の後ろ髪を掴み、上を向かせると、薄く開いた唇に舌を割り込ませた。
腰に手を掛け、上下に揺する。
「ん!んっ!んんっ…!」
息がうまく吐けずに、苦しがった。
唇を離すと、剣心の躯を仰向けに突き倒して、激しく突いた。
「ああっ!左之…!左之っ…!」
「う…くうっ!」
「や…!あ…ああっ!」
剣心のものを右手で擦るように動きに合わせて刺激した。
双方の刺激で、剣心は我を忘れそうになった。
されるがままに躯を揺らし、左之助が与え続ける快楽に気を失いそうだった。
「…いいかよ、剣心?」
「い…あ…!」
剣心の体液が指の先から溢れる。
塗り込めるように指を細かく擦り付けた。
息を吐くのに懸命な顔の中に、恍惚とした表情が混ざり始める。
その変化をつぶさに目で追いながら、更に剣心を追い込む。
嗚呼、こうしている時だけは、剣心を現実のものに感じられる。
一緒にいるだけでは、話をしているだけでは、どうしても剣心がここにいるのだと実感出来ない。
こうして、躯を繋げていないと、触れていないと、自分のものだと信じ切れない。
視界から消えた途端に、そのまま会えなくなる事もあり得るからだ。
繋ぎ止めておく術を、他に知らない。
剣心の内に吐き出すと、全身から力が抜けた。
剣心の腕が肩からゆっくり滑り落ちる。
「剣心…」
「…」
力なく仰向けに倒れたままの躯から離れる。
途端に暑さを感じ、緩慢に立ち上がると、襖を開け放した。
微かに風が流れ込んでくる。
「花火…終わったみてえだな…」
部屋の隅の灯が揺らいでいるだけで、外の喧噪も、もう無い。
残っていた酒を煽る。
生温い液体が喉を通ると、息を吐いた。
「…飲むか?」
「ああ…」
「待ってな」
半纏を羽織ると、階下へ降りていった。
熱が滲んだ躯を修めたくて、何度も息を吐いた。
身仕舞いを整えようと、躯を起こす。
小袖を着たところで、左之助が膳を抱えて戻ってきた。
「なんでえ、そのままでいりゃあいいのに」
「それは、何も着るなと言う事か?」
「…それはそれで目の遣り場に困るなあ」
本気で困ったような顔をして、膳を降ろす。
「ろくに喰ってなかったろ、ついでに飲み直そうぜ」
膳の上には小鉢が幾つか並んでいた。
「この時間でよく…」
「ははは、ちっと強引に頼み込んだ…」
酒を徳利ごと貰ってきている。
「まだ飲む気でござるか?」
「なんだよ、そんな遅い時間じゃねえだろうが」
「しかしそろそろ戻らないと…」
「帰す気はねえぜ」
「…薫殿が心配するでござるよ」
「大丈夫だ、さっきのやつらに頼んであるから」
「本当か?」
「俺がお前に嘘吐いた事あるかよ」
「…」
「帰したくねえんだよ」
白い小袖から覗く細い手首を軽く掴んだ。
髪を解いたままの剣心は、侍口調で話さなければ、女子のようにさえ見える。
無意識に、喉を鳴らしていた。
気付いているのかどうか…剣心が微かに笑ったように見えた。
「承知したでござる」
「…それならいいぜ」
安心したのか、手を離した。
「左之とこんなところで二人きりでいるのも…滅多にない事だし」
「嬉しいこと、言ってくれるぜ」
左之助が照れたように笑った。
杯を差し出されて、酒を注がれた。
飲み干すと、左之助に返杯した。
行灯の明るさだけが部屋にある。
ほんとうは、花火見物でなくとも構わなかった。
二人でいられるならば、どのような形でも構わなかったのだ。
「しかし…薫殿が、よく承知いたしたなあ…」
「なに、人はこうだったらいいなってものが目の前にあったら疑いもせずに食いつくもんだからよお」
「え?…なにを言ったのでござる?」
「嬢ちゃんがもててるから剣心の機嫌が悪いみてえだ、俺が御機嫌取っておくって言ったら信じたぜ」
「さ、左之ぉ…そんな事、ほんとに信じたのでござるか!?そうだとしても、薫殿が誤解するでござるよ」
「信じてえもんを信じるんだよ、ふつーの人間はな」
「それは、真実でござるか?」
「ああ、そういうもんだ、特に嬢ちゃんはな…」
「…何故でござる?」
「自分で考えな」
…本当にこいつはこの手の事に疎い。
嬢ちゃんもこれじゃあ、前途多難だな。
まあ、俺がいる内に譲る気はねえけど…。
いつかこのままではいられなくなった時に、剣心を繋ぎ止めておく唯一の方法があるとすれば…。
…だが今は考えまい。
こいつは、どういう形を自ら選んだとしても翻弄される宿命なのだろう。
きっと、それは変えられない。
いままでがそうだったように。
「どうした…?左之」
「ん?…ああ、朝までおめえとこうしていられるかと思うと嬉しくてな…」
「左之のおかげでござるな」
「ほんとに喜んでんのかよ、おい」
「本当でござるよ」
剣心は、花が綻ぶように笑った。
何時かやってくるその時まで…
俺はこいつを、誰にも触れさせない。
僅かでも多く、幸せであったことを思い出せるようにしておきたい。
剣心のその表情を脳裏に焼き付けながら、
声に出さずに、それを誓った。
終.
<2006.8.13. >
Iori Kusano write.
ようこさんと椿さんから開放的なエロ というリクエストをいただいたというのにひっそりしっとりしてしまったような…
開放的になったのは剣心の脚だけでした…うぬぬ。
たいしてエロくならなかったですなあ、すいません…。
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